残業拒否と雇用流動性

曲がりなりにも正社員としてやっている身として、残業しなければならないときには残業する、というのは半ば常識である。単にそのことを社畜と呼ぶ向きもいるかもしれないけれども、何しろ会社が利益をきちんと上げていかないとお先真っ暗になってしまう可能性はあるので死なない程度に頑張らなければならないわけで。とはいえ。

――中堅商社の営業課長です。部下の女性社員が、自己啓発系のビジネス書に影響を受けたらしく、すっかりおかしくなってしまいました。Aさんは入社6年目で、もとは上司の指示を素直に聞いて、迅速に忠実に応えてくれる有能な社員でした。

全文表示 | 部下が「断る力」を連発して困ります : J-CAST会社ウォッチ

まず、「有能な社員」という評価が指示を聞いて迅速忠実ってのは微妙ですよね。何の能力を評価しているのか。

しかし、今年に入ったあたりから様子が変わり、指示をしても首をかしげて黙っていたり、
「こんなことやって何の意味があるんでしょうね」
などとブツブツ文句を言うようになりました。

全文表示 | 部下が「断る力」を連発して困ります : J-CAST会社ウォッチ

しかし、これはいけません。自己啓発書を読んだことによってポジティブになるならともかく、ネガティブ発言を行っては。その本に職場の愚痴を職場でぶちまける項でもあったのか…

繁忙期で同僚が忙しくしていても「勉強会があるので」と先に退社したり、残業を打診しても「今日はできません」「それはBさんの仕事だから、彼女にやってもらった方がいいんじゃないですか」と言って、従ってくれません。

全文表示 | 部下が「断る力」を連発して困ります : J-CAST会社ウォッチ

まったく正論です。いきなり残業の指示などするものではありません。ところで、勉強会があるから先に帰るというのは通知済みだったんでしょうか。え、業後のことなどあらかじめ知らせる必要ない?ごもっともですね…
この話は単なる話の枕なんだけど、ちょっと最近思うこと。こういう自己実現と会社員として生活することって両立できるは両立できるんだけど、ちゃんとかけるべき力をわきまえてやることが必要だよね。都会の喧騒に疲れ果て、田舎で農業を目指したら、作物は自分の都合で動いてくれないし、近所づきあいもより農耕…じゃなくて濃厚だったりして、都会のほうがよかった、と思ったり思わなかったりとかさ、何事にもリスクとリターンがあって、なんでも自分の好きなようにできるわけではないのさ。
そんな中、日本の手厚い解雇規制に守られている正社員ってのはその立場を自己実現のためにのみ利用するというのは非対称的な権利の使い方に思えてならないことがあります。というか、義務ってなんだろうというところか。
理不尽に残業するのが義務ってわけでもないけれども、会社が経営できてこその正社員、みんなが自分勝手に動いてしまうと経営って成り立たないよね。
会社のキャッシュフローとかが見えてくると、パフォーマンスを発揮する人にはいくらでも残業して構わないから、残業代全部出すから、って言いたくなったりもするし、発揮しない人はいなくなってくれねーかなー、派遣の有能な人に切り替えたいなーって思ったりもします。それって、数字見ているときだけだけど。数字だけを見て行動する冷血な組織たる会社、って考えるともちろんそれでよいのかもしれないけど。よっぽどのことが無い限り、平均より仕事ができないくらいで解雇したりはできません。義理と人情的にも。
義理と人情と言う名の強制労働が幅を利かせてきたことが日本の経済を悪化させているのかもしれないけど。でも、この種の農耕型会社経営って突出していかないけど安定型かもしれないよね。内部留保が十分あれば、不作の時代がある程度続いても耐えられるかもしれないし。狩猟型って狩るものなくなったら他国へ略奪しに行くしかなくなっちゃうし、狩猟型でかつ消費が激しい(=貯蓄しない)ってのは破滅的行為なんじゃないかと。

そんな経済学も何も無い感想はさておき、Aさんはどう生きるべきなのか。どう考えてもこの会社で正社員を続けるべきじゃないよねと僕なんかは思ってしまう。もはやこの会社で出世をするつもりが無いという言動ばかり。個人的な見解でしかないけど、正社員でやっていくことの意義は「会社を金稼ぎの手段と割り切ること」か「出世してある程度きちんとしたリターンを得ること」か「次のキャリアへの踏み台にすること」ぐらいかな、と思っているわけ。一番最初のスタンスであれば、むしろ残業は金稼ぎの手段として積極的にやるべきだし、二番目であれば文句を言うより改革だ効率化だむしろ自分をマネージャーにせよってなアプローチでやるべきだし、三番目であれば、否定的な言動をもって仕事を拒否する時点ですでにこの会社でやるべきことは尽きている。
うーん、これだとちょっと極端かな。金稼ぎの手段として、最低限月給だけ出てれば問題ない、ということで働くというスタンスもありだし。ただ、残業0を目指して結果としてならない状況について、それでも残業0を目指すことによって発生するコストを均等わりすると給料下がるんじゃないかと思うんだよな。単に自給いくらで換算するだけでは測れない。だから、今の水準の給料がたまの残業をやってくれることを前提に成り立っているものであれば、残業拒否は給与水準を下げることに暗黙に合意していることになりかねない。そりゃ言い過ぎか。

無論、サビ残の嵐で人権も何もあったものじゃないって話であれば同僚がピンチ以前に人生の存続が危ういこともあるからこんな話にはならないけどね。

雇っている側の立場から言うと、Aさんはコストとパフォーマンスのギャップが出始めている、ともいえなくない。減給あるいは解雇がもっと楽で、かつ、出す成果に見合った仕事がそれなりに簡単に得られる状況であれば、Aさんはさっさと会社を辞めて人生を楽しむことを主眼に置いた仕事に就職するであろうと思うわけ。もちろん、不況のさなかでそれを実現することは難しい。
日本は勤め人でいる以上、天辺とどん底をどちらも経験することが難しいんじゃないかと思う。その点で言うと格差社会の究極(格差が安定するという意味で)みたいなところは実はありつつも、平均というか中央値を取ると諸外国より高いと言う特殊な状況なんじゃないかな。その平均を引き下げないでいられたのは社畜的な会社への奉仕かもしれないし、それを失ったらハイリスクハイリターンな社会になるかもしれない。

社畜のススメってわけではないよもちろん。会社でなぜ残業が発生するのか、というメカニズムをある程度わかった上で、どう向き合うかを考えなくてはならない(あるいは考えずに従うのもありだけど)というのが正社員と言う立場だろうし、それをしたくない人ばかりになれば、きっと時代は解雇規制緩和に向かうと思うね。それはそれでよいことなんだろうと思う。