口が悪い、を人物評の第一位におくのはもったいない

現場のお客さんのえらい人。よくあるパターンだけど、インテリヤクザといわれる。怒ると尋常ではなく怖いし、時として理不尽と思われる罵倒を浴びせてくる。でも、よく付き合ってみると、彼なりの筋は通っているし、罵倒したからといって切り捨てたりしない。むしろ、普通はてめーで考えろって言うようなことを、自分の考えの根底やそれを実現するために何をすれば良いのかなどをまじえて懇々と説明してくれたりもする。ただ怖い、怒りっぱなし、という最初の印象に反して共に現場を成長させましょうという至極まっとうな考えを持つ人だと言うことに気づくと、その人の見方が大きく変わった。
「ツイッターでは口が悪いけど、会ったらいい人ですよ」 : まだ東京で消耗してるの?
仕事の場で、ある意味嫌々付き合ってようやくわかるありがたさ、みたいのはあるから、言っていることはわからんでもないんだけど、イケダハヤト氏におかれましてはそういう強制的な付き合いの場を持たないだろうし、積極的にそれを避けてきているように見えるので、今後そういう出会いってなくなっちゃうのかなあと思いますね。まあ、普通の人にとってみればウェブなんてのは現実とは関係ない遊び場でしかないので、気に障る人は無視すると言うのはありなんですよ。でも、ウェブを通して現実の何かを変えたい人(これは生活の糧を得たい、でも、社会運動をしたい、でも、表現活動をしたい、でも一緒だと思いますが)は、単に口が悪い人から逃げちゃうのはもったいないんですよ。
べつにね、会ったらいい人である必要すらないと思うの。口が悪いってのは自分の正義に対して厳しい事だってあるし、単に罵倒趣味がある人(こう言う人に会うのは僕も遠慮したい)かもしれない。内容を見ないで世界を閉ざすのってのはもったいないし、オピニオンリーダーたるものは、罵倒であれ意見の中身を切り取って噛み砕いていくべき立場かと。あ、誹謗中傷は別だからね。

余談だけど、僕はかつて池田信夫氏に実際に会って印象を得たおかげで、ネット上の彼の活動についてすこし色眼鏡がかかっているんだよね。
実際に会うってのは人格を理解すると言う意味ではいい事かもしれないけど、客観視するためには良くないかもしれない。
だから会ったらいい人いい人だから会うってのは基準としてはあまり良くないかもね。