自己決定と自己責任

人生において何を優先すべきかは、何を守るかによって違うのだろう。我々は社会によって行動に常に制約を受けているし、時としてそれは現代人としてのモラルに変換される。
社会が課すルールを曲げる行為は、社会の庇護を捨てるということと同義だとは思う。それでも健全な社会は自分たちのルールによって最大限逸脱者を守ろうとするだろう。
原則として「なんとかのじゆう」が守られるべき、という事に感じざるを得ない危うさは、常識は醸成されるのではなく、誰かの意思で作り出すものだ、という空気。自由を守りたい人がその自由について恣意的な選択をしているのであれば、その自由は誰のためのものなのか、きちんと考えなくてはならない。
社会で十分に合意されているもの以外の自由を行使する自由こそが自己責任を伴うものだろう。自分がその社会の一員であることをエクスキュースした上で、社会の要請しない行為を行うなんてのは僕はいかような理由があれども評価できない。