「IT投資」はあり得るか

真髄を語る 経営者がITを理解できない本当の理由を読む。JTBの元CIOを人が語っていますから、経験に基づく部分については結構納得のいくところも多い。反面、全体の論調には違和感を感じる。主に主張しているのはシステムの費用対効果について。そこが明確に見えないから理解できない、開発が予定通り行かないのはユーザー側にも責任があるが、ITベンダーがプロの仕事をしていないからだという。

要件定義をこういうふうにやらなければならないと思ったら、ITベンダーが、我々ユーザーに要件定義をきちんとやらせるのです。本当のプロになりますと、今まで一度もシステム開発をしていない素人ユーザーを相手にしてでも、期限までに、矛盾のない要件定義を成し遂げます。それは本当に見事なものです。プロの仕事です。

ごもっとも。ところで、作っている側も費用対効果がさっぱりわからないのがIT業界。仕事のやり方やツールが毎年のように変わっていく業界において、標準的な費用の算出方法はないに等しい。余談。しかし、世の社会人の中に、「自分はプロ」と胸を張って主張できる人が何割いるのでしょうか。そういう人は雑誌とかに登場してしまうレベルの人が多いんじゃないでしょうか。大多数の人はそこまで行かない、となると、同じようにITベンダーに期待できる仕事の質も…。偶然に期待するか、相場より高い金を出す必要は依然としてありますし、それは大部分の中小企業(つまり、ITを理解できないかなりの経営者)にとっては見えない重要な問題となります。
さて、分裂勘違い君劇場 「IT投資」という考え方そのものが間違っているではこの論の前提を誤りとして、問題提起しています。すなわち、「ITは設備投資ではなく、経営そのものである」。極論ではあると思いますが、一面の真実を捉えています。「実装イメージのない事業設計はただのファンタジーだ」という言葉は流通システムなんかはイメージしやすいんじゃないでしょうか。
そもそも「IT」と言うものに対して立ち向かわなきゃならない経営者にとって、その取り巻く環境によって考えなきゃならないことが違ってくることを考慮に入れると、話はそう単純ではないと思います。

第一の層

わずか10年前に一人一台パソコンが必須になることを想像していた中小企業の経営者が何割いたことでしょうか。メールやHPを持って、ウイルスがどうかセキュリティーがどうとかうちの本業には全然関係ないよ〜と困っている人が何人いることか。そういう人にとって、ITは設備投資ですらなく、事務用品に過ぎないだろうし、それを使ってビジネスを行うことなど考えられない。会計・給与システムなんて人がやるより楽で速いですよ、くらいのものでしかない。何ができるものかもわからないから商売のアイディアに結びつかない。

第二の層

既存の業務をIT化することで業務の効率が良くなって、人的リソースを他のことに割くことができる。第一の層とオーバーラップする。大部分のシステム開発というのはこれに当てはまるのではないでしょうか。ここには経営行為=ソフトウェア開発という発想はありません。人と紙いうハードウェア(あるいは初期のor古いor非効率なITシステム)を用いたソフトウェアは既に構築されているわけですから、リプレースするに過ぎません。一方で、そのソフトウェアには仕様書がありませんから、それを人の頭の中からたたき出す作業になります。現場で柔軟に運用している例外処理まで完璧にたたき出せたら作るのに困難はありません。

第三の層

全く新しい経営手法または既存の経営行為を別のプロセスで実現するために、IT開発を行う。これが本来のシステム開発で、id:fromdusktildawn氏が言うところのソフトウェア開発に当たるのでしょうか。

例えば初期の銀行のオンラインシステムは既存の業務(現金−紙ベースによる直接のやりとり)に新しい要素(元帳一括管理・リアルタイム更新などなど)を組み込み、銀行業務を新しいサービスとして生まれ変わらせるという明確なビジョンによって行われているはずです。ITベンダーも、ユーザーも、どうやったらそれができるかわからないため、一緒に知恵を絞ったものです。当然、ベンダーは業務に、ユーザーは計算機で何がどのくらいでできるかを実感していました。必然性があって作っているわけです。こういったサービスそのものに関わるシステムはほぼ必ず当初の目的を達成しています。なぜなら、それがきちんと動くこと自体が目的でありまた効果を実証しているからです。

その一方で、あまりに急激にインターネット・Web時代が到来してしまったため、横並びと言うか、競争力を失わないために仕方なくやっている投資については効果が明確ではありません。目的すら明確ではないことがままあります。Faxをe-mailに変えたら情報が流出したなんてことになるとマイナスにしか思えない。こういうものに対して経営者は「なんだかよくわからない投資」と感じるでしょう。HPのページヴューがどのくらいで、それによって売り上げがどのくらい上がったかなんて直接物販してない限りわかりません(正確にはわかるための投資が更に必要)。

二極化への道

もう昔には戻れない
 ITを取り巻く環境が劇的に変化しているにも関わらず、IT産業自体をふり返って見たとき、コンピュータ・メーカーが、ハードウェアと基本ソフトだけを提供し、ユーザー企業がプログラムを内製しなければならなかった時代の有り様を、なんの展望も無く引きずっていっているように思えてなりません。
真髄を語る 経営者がITを理解できない本当の理由 より〜

新規事業を立ち上げるときに、そのための流通システムや店舗オペレーションやノウハウ蓄積の仕組みや人事評価・報酬システムの設計を、外注する会社は、あまりありません。たとえ、それが、どんなにたくさんの専門知識を必要としようと、自分たちで、全部理解し、自分たちで設計するしかありません。
なぜなら、それは、自社の経営行為そのものであり、それを外注にやってもらうのは、経営行為そのものを外注にやってもらうというような、意味不明の行為だからです。
これと同じように、自社の経営行為そのものである組織ソフトウェアと一体化したITシステムは、本質的に、外注できるようなものではなく、自社のビジネスを深く理解した自社のトップエンジニアと経営者が二人三脚で開発するようなものです。
分裂勘違い君劇場 「IT投資」という考え方そのものが間違っている より〜

ITベンダーがプロとして持つべきものは実装技術です。また、既存のビジネスプロセスを叩き出してシステム化するといういわゆる「IT化」についてもベンダーが旗を振ることは可能です。これはまさに経営者からすると投資であり、またベンダーにとってはある程度確立された設計・開発・管理手法を用いる仕事です。しかし、新しいビジネスプロセスを生み出すのはまさに経営行為であり、そこにおいてITベンダーが参画可能なのは、ハードウェア・実装面(実現可能性・費用算出を含め)の部分にしか過ぎません。この二つの仕事の質の違いをはっきりさせていかないと、ITにお金を使うことの是非を議論することはできないと思います。