火星転移 / グレッグ・ベア

火星転移〈上〉 (ハヤカワ文庫SF) 火星転移〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)
ベアの「ナノテク」世界は面白いんだか面白くないんだか非常に微妙な感想を持っているのですが、こいつはちょっと違う。火星に植民し、地球の圧力に屈せず戦う人々の物語だ。解説でも指摘されている通り、ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)」を髣髴とさせる設定。しかしたどる道は大きく違います。
月にしろ火星にしろ、生身のままでは生きていけない苛酷な環境です。その過酷さと(過去に生物がいたという設定の下の)神秘さについての描写はエンディングの一つの大きな感動の元になります。そんな環境で、できるだけ「生の」人間として生きようとしている火星人。一方で地球人は「セラピー」の影響下で冷静な判断力を身に着けている。主人公はそんな地球を体験し、地球の「母性」に包み込まれて自らの故郷を強く意識します。
そんな中、統一政府を作っていく火星。徐々に地球に対して従順でないと見なされていく中、事件が発生し、エンディングまで怒涛の展開で突き進んでいきます。SF的なアイディアは実に大風呂敷もいいところで(途中で更に大風呂敷を…すぐ畳んでしまいますが…広げて見せます)、それによって危機が起こり、しかし、それによって火星は救われます。主人公の一人称で進んでいく物語は、一人の成長物語としても読むことができますし、SF的ガジェットは相変わらず満載です。そしてそれが王道的に使われているのも物語自体の面白さに一役買っていると思います。