生産性とかどうでもいいんだけどさ

なんか「僕の方が上手く説明できるんだ!」的な臭いを感じるわけですよ。ある部分を切り出した観測では導き出される結論が違うのだろうし、そもそも「きっとこうに違いない」「いやこの方が説明としては正しい」ということを言っているだけで何も実証してはいないように見えなくも無い。
つまり、よくわからんのですよ。
ミクロとかマクロとか言わなくてはならないと言うことは統一理論の存在が絶望的だからであり、つまり捉え方によって違った結論が出ると言うことが最初から内包されているにもかかわらず個別の理論の前提たるデータも持ち寄らないで想像の世界の現象の説明をする学問ではきっと無いはずだから、今起きている議論は多分いちばん簡単な説明を考え方の基礎として心に留めておけばいいんじゃないのか。どうせ一般人はその理論を人に説明したりすることもないだろうしね。