書いていないことをどうやって読み取るか

わずか100字のはてブコメントや、殴り書きしただけのエントリ、脊髄反射のコメントと、「一体お前は何を言っているんだ?」と確認したくなることって結構ありますよね。個人的に考えているのは以下のようなこと。

背景がある人

レッテルは貼りたくないのだけど、ある政治的な立場による応答(というのは実際の政治の話ではなくて。ようはポジショントーク)が明らかなのであれば、それまでの発言等を加味した判断が可能です。
初見の相手の文章を遡っていくことまではしません。というか、したくない。面倒だからというよりは、フラットに考えたいからです。でも、ある程度絡み合いがあった後は明確に立場を位置づけることはあります。

問題をすり替える人

これもポジショントークの一種だったりしますが、ごく限定的な状況設定での話をなぜか一般化して語る人がいます。もちろん、話のきっかけとしての言及であればよいのですが、一般化してDISるなんてのもいる始末で。ダメな抽象化能力というのはこういうのかもしれません。単に粗忽なだけのことが多いですが。

誤解していると思われる人

よく読めと思うけど、できればきっかけをあげて相互理解をしたいものです。

話のレイヤーが違う人

これもある種誤解でもあり、またわざとやっているならすり替えですが、レイヤーの捉え方が違うことで話が噛み合わないこともあります。認識の仕方の問題なので解決は容易

悪意による曲解

わざとなので処置無し。相手にしないか、完膚なきまでに叩きのめして撃退するか。中途半端はいけないですね。背景がある人も、上手く誘導して相互理解可能な議論に持ち込むことができればよいですが、失敗するとこうなることが多いですね。

こちらが意味不明

よく読んだら自分の書いたものが意味不明すぎだったりします。次回に生かしましょう。


さて、こちらへの反応だったらそれでよいんですけど、わけがわからないことが書いてあって、どうにも反論しなきゃならないような気持ちになるようなエントリを見たときに、相手の真意をどうやって類推したらよいか。
個人的には、最大限、筋の通る解釈をするにはどう考えたらよいのか、という捉え方をして、そこをスタート地点にすればよいかな、と思っています。評論家とか言論人として糧を得ている人ならともかく、そうではない人の文章が総体で見たら破綻していることは良くあることです。最大限好意的に解釈して、それでもなお、という部分についてを問題にしていけば議論がスムーズになるような気がします。重箱の隅をつつくのは、場合によっては必要な行為ですが、そこからスタートした議論は考え方や全体的な主張ではなく、細かな事実の真実性のみが目的になってしまう傾向が強いんじゃないでしょうか。
ポジショントークが始まっちゃったら利害関係者以外は近寄らないのが吉かな、とも思います。
どうせ真意なんて議論が始まってからも場合によってはちゃんとわかるわけじゃないですよね。だからと言ってはじめから悪意を持って捉える必要はありません。