「相関」と「自明」

何と何には相関がある。ソース自明だから。証明はいらない。ないと思うなら相関がないことを証明せよ、だとなぜ自明なのかによっぽど納得できる論理がないと受け入れられないよね。
また、自明であるで済ます、ということは統計的にはなんの検証もしていないことを意味するから有意差があることも証明していない。
また相関を示すことで何かを明らかにするのはテーマ設定が重要だよね。日本人であることと日本語を話すことに相関があることを示したところでそれ単体が意味することは少ない。もちろん、相関すなわち因果ではない。
多くの人が血液型と性格に関係があると信じているように、自分のみたいものを見るフィルターは強力無比であり、だからこそ相関を示すのに自明なんて理由を提示してはならない、というか、他人がそれで納得するなんて思ってはならないんだけどね。
ただ、バイアスを出さないでローデータを取ることは相当難しい。設問が抽象的、政治的であれば尚更。性格診断テストが回答の一貫性を考えて同一の意味を持つ設問を散りばめるのもそのあたりへの配慮だったり。
というわけで、データがないなら相関なんて言わないか、単なる私見として反論が出ることを承知の上で、言うべきではないかな。