深夜バスとクレーマー

終電がなくなると、タクシー乗り場に列が出来始め、町は次第に静かになっていく。そんな中、タクシー乗り場ではないところに長蛇の列。そう、深夜バスだ。サラリーマン最後の砦、これを逃すとネカフェ行きである。え、タクシー使え?

深夜バスは安い。遠くまでいくならタクシーより安い。でもバスなんで人数制限がある。座席定員だけしか乗れないのだ。

比較的前の方に並んで座席をキープした僕は発車時間を首を長くして待っていた。やがて席は埋まり、さあ発車というときに事件は起こった。

「もう埋まっちゃったんですよごめんなさい」
後ろの人は残念である。しかし、社会のルールは厳しい。ところが。
「長い時間並ばせて直前でダメとかあり得ないだろ!ふざけるな会社に電話してもう一台出させろ!」
乗れなかった人はきっと心の中で賛同したことだろう。しかし、世の中そんなに甘くない。列の人数を数えてだめ出しする余裕は運転手にはない。可哀想だが社会のルールは厳しい。
しかし、彼はあきらめなかった。いや、勝手に営業所に文句を付けてくれる分には一向にかまわないのだが、一応無理なことを確認する電話をかけた運転手さんの電話を奪い、クレームを付け始めたのだ。

車内の空気は一変した。最初は同情していた皆もいつ果てるともないクレームの嵐に辟易し始めた。果たして彼は文句を付けたら本当にバスがでると思っているのだろうか。これが日中なら乗り遅れたから非常停止ボタンを押して自分を待たなかったことを問題にしたり、直前で指定席券が売り切れたことの文句を言うためだけに窓口を占有する行為と同レベルと気づいているのだろうか。

あまりにうざいので、一番前の席にいた僕はついつい「代わってやるからそのかわり一発殴らせろ」と言いに出ようかと思ってしまったが、酔っていたので自制した。ちなみに奴は素面のようだ。クレームを付けている自分には酔っていたようだが。

「先週も同じことを電話しただろ!どうして改善されないんだ!」
この言葉によって車内に衝撃が走った。こいつ、先週も同じことをやってやがる…つまり、乗れない可能性があることと、クレームをつけてもバスが増えないことを知っている。学習能力があればちょっと早く並ぶだけだろう。お前プラス何人かを乗せるためだけに本数を増やすわけがない。社会のルールは厳しい。大体そんなに社会に影響力を行使できる奴は深夜バスになど乗らない。
もうみんなうんざりである。宿直に対し上司を呼べバスを出せとがなって出てくるわけがない。運転手さんは電話を奪われて困り、業を煮やして警察を呼びにいった。とたんにトーンダウンするクレーマーの声。国家権力に相対しないと社会の秩序を乱す自分に気づかない。いや、ここはとことんやって欲しかった。そうしたらその気骨に免じて名刺をいただく代わりに席を譲ってやってもいいと思った。もちろん、次の日待たされた時間と同じだけの時間、そいつの会社にクレームの電話が入るには違いないのだが。

警察が来たとたん事態は収束に向かった。国家権力最高である。

学んだこと:公然とクレームをつけることで周囲を味方に付けるには、クレーム対象以外の誰にも迷惑がかからないことが必須条件である。