私人と公人の境目と匿名批判

全国の週刊誌が一斉に「憶測とか噂程度で記事にするのは失礼なので、イニシャルトークにします」と言い出して、「日本の首相Fは」とか、「テレ朝でキャスターをしているF」はとか書き出したらそれはそれで面白い。全然意味ないけどw
2chで個人名義のスレが立つのもまあ、こういう週刊誌と大して変わらないんだけど、そうは言ってもなんか違う気はしますよね。ブログとかもそうだけど、たとえば週刊誌の記事だとあんまり出鱈目だと訴えられるけど、

  1. 取材
  2. 推測(憶測)
  3. そこから判断した意見の提示

を行うわけで、往々にして強引とはいえある種のロジックを通っているわけです。
ところが、ウェブでの書き込みは、個人個人がある情報によって適当に憶測とか感想とか印象を語るというだけになりがちです。当然、感想ですから、直接他の他者に向けたものでなくても、公開されれば誹謗中傷といってもおかしくないようなものが混じります。というか、他人に対しての否定的な印象を提示するのは(印象は事実に基づく必要がありませんから)常に受け手側の気持ち次第で誹謗中傷になりえます。
僕は、ウェブ上では「その名前」で意見を発した人は常に「その名前」では公たると思っています。その名前ってのは、実名で活動している人なら実名、顕名で活動している人なら顕名。あくまで「ただそこに名前がある」だけではなくて、名前と発言のセットに対して、ですね。その辺の捉え方は人によって違うと思うけれどね。
さて、そういった公人としては、その人格の範囲で批判されるのは仕方がない。実名で発信している人は、その実名で行った行為は全部結び付けられて批判の対象になりえるし、顕名で発言した人もその顕名でやったこと、あるいは、実名との関係が明らかで、その関係を本人が顕名での活動の中で日常的に提示している場合は実名(というよりこの場合は肩書きかも知れない)でやったことは批判の対象になるだろうし。
そんななかで、憶測とかで事実と違うことが垂れ流されたりすると殊更に否定してもなんだかアレだし、キニシナイのが一番だけど、看過し得ない感じにまで行くとさすがにリアルの活動にも支障が出てきたりとか…うう、やっぱウェブって怖いな…
批判側だけ完全匿名*1はずるいよなあって思ったりはします。蚊柱の群れに自転車で突っ込んじゃったみたいなwそんなくらいに受け止められれば楽なものですが、プライドで商売していたりするとそうも行かないんだろうなとも思ったりします。というか、匿名の批判こそ、今の自分がどう見えているかを如実に表わしていますよね。明らかな憶測による中傷とかは嫉み、事実に対する厳しい指摘は愛の鞭、そう思いながら、自分をどう演出するかのネタにしていくのが一番な気がします。

*1:ここではトレーサビリティーがないことではなく、発言上での識別子に乏しいって事ね