「ありがとうが嫌い」問題を勘違いしてたかも

先に、ありがとうが嫌いなんじゃなくて、態度とかそういうところが嫌いなんじゃないの、という趣旨のエントリを書いたのだけど、http://d.hatena.ne.jp/t_yano/20080221/1203611655とか他の人の意見を読んで、言葉そのものの問題なのかもと思い直しました。
なぜ勘違いかというと僕は暗黙的に、ありがとうのバリエーションを想定していて、その上での話なのかと思ってたから。でも関西弁と東京弁の違いが議論されるくらいだから、固定的な「ありがとう」焦点なんだろうね。英語の「thank you」と比較していたのも見たけど、僕は元々この英語の意味くらいで問題を捉えていたんだよね。
だから、状況に応じて「ありがとう」は「ありがとうございます」にも「ありがとうございました」にもなると思ってた。もちろんこの状況でもまだ嫌いな人はいると思うし、こういう使い方は日本語の難しいところでもある。地方によって流儀が違ったりするかな尚更。
それでも、最後に行き着くのは、発信側の態度と受け手の心がけの問題だとは思う。流儀なんてのは、そういった心の問題を省略するための儀礼的な話法に過ぎないのだから、それについてとやかく言うのは内心を求めることの過剰かまたは儀礼に対する関心の不足なんじゃないかと思ったりはする。