疑いをかけられるのは仕方がないけれど

先日のエントリに小倉先生からコメント。

OguraHideo 2008/06/17 14:12
「人の死」という結果が生じている以上,「疑いを掛けられる」のは仕方がないのではないかとは思います。

刑事罰で業界が崩壊する? - novtan別館

これは重要な問題ですね。
僕らの仕事で言うと、「障害が出たからにはプロジェクトが契約どおり履行されていない疑いがある」とか弁護士だったら「敗訴したからには弁護の過程に誤りがある疑いがある」といったようなものでしょうか。これらとの厳然たる違いが「人の死」という、犯罪を構成するかもしれない事項の取り扱いが通常業務でないかどうかということなのでしょう。
小倉先生はその後のエントリで安田弁護士の件を上げていましたが、「安田先生がアドバイスしたスキーム自体はさほど特殊なものでは」ないのであれば、弁護士はもっと声を上げるべきだし、あげない理由が「この事件が一種の「国策捜査」の一環であって、赤字企業を再建する際に有望な部門を切り離すというスキームを提言するとかなりの確率で訴追されるという事態に未だ至っていない」という認識であれば、それは医者が「大野病院の件は他人事ではない」と認識していることとは対象性がありません。何しろ、弁護士は業務の基本が「そのスキームをアドバイスすること」ではないですし、その手の業務を手がけなければ有罪にされる怖れがないけれども、医者は医者である以上、特に救急当番がある勤務医だったら、死に向き合わないわけにはいかないからです。自らの意思によって手がけた事案ではなく、向こうからやってきた避けられない事案によって有罪になる。ここに対象性があるとはどうにも考えづらいところです。
さて、はじめの話に戻ると、疑いを掛けられること自体は、人の死を扱う職業としては仕方がないかもしれません。ただ、それによって当直まで含めた日常業務に加えて裁判への対応や裁判によって起こった患者側の不審へのフォローなどをしなければならないことを考えると、現状の医療現場で必ずしも起訴にはならないように努力したとしても、ちょっと耐え切れる負荷かどうかは疑問です。
だから、ある程度訴訟を通常業務として受け入れるんであれば、多分「司法医療士」いや「医療司法士」かな?みたいな立場が必要なんじゃないでしょうか。
でも、今のお医者様方が言っていることは多分そういうことでもなくて、なんでもかんでも訴えられたらかなわんということでしょう。全力を尽くさなかったから訴える!みたいなのは特に。ただ、そこに線を引くことは現実的には結構難しいことですよね。何が医師の責任に着せれない事故で何がミスなのかは状況によっても変わるし、多分、時代によっても変わります。医療が進歩し、専門が深化するごとに「あそこの先生だったら」助かるという状況が増えてきて、それを踏まえてできなかったことを「できたはず」と言ってしまうのは簡単ですが、言われる方はたまりません。そしてそれは救急医療では既に起きていることですよね。
小倉先生はこうもおっしゃいますが、労働争議の最も効果的な運動はストライキであり、交通機関と違って医療機関のストは人に死にダイレクトに繋がりますからほぼ実施不能です。まあ、現実では逃散という形でストを行っているようなものですけれども。もし待遇が改善されたら戻ってくるってのがあればちょっと卑怯な気もします。でもストだと国民の理解は得られないと言うか、人命を盾に取った脅迫と受け取られますね。労組を結成したとして、声を上げる以外に現実的な解決策がないのであれば、貴重な診療時間を削って労組の活動に身を投じると言うお医者様がどのくらいいるのでしょうか。
医師側の態度が100%正しいとは思いません。けれども、我々患者側のほうにも考えなければならないことはいっぱいあります。医師側を糾弾したところで何か解決するわけではなく、かえって逃散を助長してしまっては仕方がありませんから。
折角ブロガーとしてこういった話題にかかわっていくのですから、どちらの側も一方的にならず、協力して解決していきたいものですね。