滝本竜彦氏の自己認識がすごい!

これは…

「小学生のころの自分なんです。小学生のころ、ぼくは周りの連中をすごい見下していたんですよ。おれは天才だ、周りのバカな連中とは違うんだ。まったくどいつもこいつも、みんなクズばっかりだって。で、そういう、他人を見下すイヤな自分を抑圧して、切り離してしまったんですね」滝本氏、滔々と語る。「するとどうなるかというと、切り離したイヤな自分を周囲の人たちに投射してしまうんです。投射して、あいつらみんなおれのことを見下してるんだ、バカなやつだと思ってるんだ……とルサンチマンが溜まる。だからおかしいんですよ。本当は自分が周りを見下しているのに、周りが自分を見下していると思ってしまう」

ぼくの脳裏に、弱者道徳としてのキリスト教、という言葉が浮かんだ。

「すごく気持ちいいですよ。抑圧していた、周囲の人間を見下す自分を見つけるのは。だからぼく、いつかラーメン屋開くときには書きますよ、筆で。壁に飾るんです、『おれはお前らを見下している』『お前らクズだ』って」

http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20081024/1224838686

この認識の下勝ち続けるとアカギになれるよ!
しかし、これはわかるなあ。見下すというとネガティブだけど、「俺のほうがもっと出来るんだ!なぜ俺が評価されないんだ!」って思っている人はいっぱいいると思う。そこで単に「自分と人は違うもんね」で納得してしまうと世界は平和かもしれないけど活力は足りなくなる。でも僕達が小さい頃に教わってきた道徳って「衆に優れた自分をアピールしない」ことだったような気がするし、社会人になってからは逆のことを言われたりするわけだ。かくして自己が分裂していく。
もちろん、人に優れているのが妄想だったりするけれどもね。
自分のあり方を見つめて突き詰めていくと、それが他者にどう受け止められるかが気になって、こうなっちゃう人と、周りがきになんなくなっちゃう人の両極端が出来て、その間に普通の人がいる。多感な時期にこの種の考えに捕まっちゃった(=中二病が長引いた)人は気をつけないとそのまま言っちゃうよね。