自殺は当然、悪なんだが

かつての殉死だって美ではあっても善ではなかったと思うんだけど、まあ、それはそれとして。
タイトルに書いておいてなんだけど、善悪の観念には社会的に、とか倫理的にとか、なんとかかんとかあるわけで、迷惑って意味では悪かもしれないけど、死後の世界まで追っかけてきて自殺を悪だと言い募るのはなんだか狂信的な何かを感じてしまわなくもない。
自殺を悪だとすべきなのは、そこに追い込んだことを悪だとするために必要な価値の置き方なんじゃないかと思う。少なくとも、自殺を思いとどまらせるための「悪であるとの認識」はすでに十分なんじゃないかな。悪、というより、「悪いな」的なものか。で、これ以上厳しく悪だといっても抑止力にならないよ。むしろ、その悪の度合いを高めることは、相対的に自殺に追い込む側の悪の度合いを強めることになる。極端に言うと、自殺したら上司は処罰される、だとこれは自殺の抑止力どころかいたちの最後っ屁的な復讐の手段になりかねない。そして、事実この機能はわずかなりとも社会的には存在している。
自殺が悪いことであれば、復讐の手段になりうる。復讐とはほとんどの場合、悪に対して悪で対抗することであるから。
個人的には決して自殺は肯定し得ない。それは、人生における真の苦しみを知らないからかもしれないので、社会としては自殺をする権利はあってもよいのだと思うけれども。
どちらかというと、自殺をしたら復讐になるレベルの悪を浴びてしまうことがあるのであれば、その悪が自殺をするまでも無く処罰されるべく、諸制度が整うことこそが少なくとも他者起因による自殺の抑止になるのではないかな。