「デマに感動するバカ」などいない!

デマの何が悪いか考えてみよう。

誤った情報によって人々に誤った考えを植えつける/行動を誘発する

例えば、XX人が井戸に毒を→XX人を排斥しようとか、XXは感染する→XXを近づけるな、とか。

善意の行動でも他者に迷惑をかける

XX型RH-の血液が足りません!→貴重な血液を過剰供給、必要ない献血の申し入れで窓口パンクとか、XXの物資を求めています→いらないものが送られてきて処分に困るとか

他人に直接的な被害を与える

あいつが痴漢の犯人だ!→濡れ衣でボコられるとか、あの人XXしたんですって→近所で噂になって引越しを余儀なくされるとか

ええ、間違って感動させられた!謝罪と賠償を要求する!なんていうのは被害ではありませんなあ。
デマ」のまさに「デマ」たる部分が感動のキーであることは実は滅多になくて、それが「実話」だったかどうかくらいしかないんじゃないかな。僕はそれすら感動のスパイスでしかないと思ってるけど。だから、話の内容が感動する話であり、それがヘイトや差別、過剰な行動に繋がらないのであればデマかどうかなんてどうでもいいと思います。

「いい話」だからついそこに込められている裏のメッセージ(例えば、差別はイクナイに見せかけた白人蔑視)みたいなのを無条件で受け入れてしまったりする危険はあるけど、それって実はそれが「実話」だったらそういうのを含まない、というわけじゃないんだよね。それこそ語り手が何をどう語るかの問題であり、実話だろうが作り話だろうが、入れようと思えば入れることができる類のものなんだよな。

デマはその「事実に反する」部分が社会的に問題なものであれば、厳しく糾弾すればよいし、「病気のこどもはいなかったんだ!よかった…」で済む(詐欺とかが発生していない前提で)ならほっとけばいいんだと思うんだよなあ。