音楽の価値とは?
面白いエントリが話題になっていた。
音楽にお金を払って聞くという価値観が存立していない状況であった。虚しさに震えた。
音楽の価値とは?? : Broadcast To The Blog
こうした子供達が将来大きくなって、今の音楽コンテンツに夢を求めて投資をしてくれる日はくるのだろうか。
うん、これはもっともな話である。
音楽にお金を払う、ということはそもそもどういうことなのか。
かつては、音楽は貴重な娯楽の一つだったし、僕が若いころは商業音楽の全盛期だったと思う。遠い昔、レコードの価格は給料に比べてかなり高かった。その後大量消費時代が来て、そしてインターネットが来襲した。
続きのエントリでこの人はこう言っている。
だから難しい事言わないで、無料でもなんでも楽しめばいいよ!!
音楽の価値とは?? の続き?? : Broadcast To The Blog
音悪くても、お金払わなくても、レコードだろうがCDだろうがスマホだろうが関係ないでしょ!!
まあ議論放棄の言葉として、なんだけど、これはこれで同感なのである。
子供の頃、レコードを買う、とかそういうお金はなかった。でも、中学生くらいになってから、「おじいちゃんにもらえるお小遣い」なるものでCDばかり買っていた。高校から大学に至る過程の中で、容易には世の中では流れない音楽を聞くために食費を切り詰めたりもした。
でも、これは音楽に対してかなりプライオリティの高い消費行動だよね。
僕は、自分の経験上、音楽にのめり込めば最後は音質に行き着くと思っている。でもこの音質ってのは多分にマニアックな領域の話であり、普段聞く分にはそれほど音質に拘ったりしない。僕が音楽を聴く行為には3種類くらいあって、曲を知るため(演奏するための前段階として)とか、曲を鑑賞するためとか、曲を分析する(主に演奏やアレンジのネタづくりの)ためとか。後ろに行くに従って音質が重要になる。
だから、音楽がどうしても重要なものになったとき、それに対して代償を払う行為をすることを期待してもいいんじゃないかって思っているんだよね。
だから、音楽に日常的に触れる環境があるってことは大事で、それがたとえテレビCMであっても、YouTubeであってもいいじゃないかと思う。音楽が価値を持つためには、音楽が人生において何番目かに大事になる人を増やさなければならない。それには唐突な出会い、衝撃的な出会いが多分必要で、それに出会うために聴いたものはすべてその出会いに向けて耕されていた音楽の畑だ。肥沃な大地を育てるために、無料だろうが有料だろうが、なんでもいいから音楽に触れ続けること。
むろん、人生において、大事な趣味というのは音楽だけではないよね。でも、費やすお金とリターンのバランスがよい趣味だとは思う。だから、かつてラジオが音楽好きを育んでいったようなことが可能だったんじゃないかな。