エレベーターに開閉ボタンは必要か

面白そうな話なのでちょっと乗っかってみる。

そこで、最高の解決策として『ひらく』ボタンを撤廃してしまう。こうすることで、AさんBさんの事例はそもそも存在しえなくなる。Aさん+Cさんの例においてCさんは恨む対象がなくなるし、Aさんも『Cさんを助ける手段がないからしょうがないよね』となる。いいことじゃないかと。

エレベーターの閉じる/開くボタンのUI改善 〜日本マーケット向けの決定打は『ひらく』ボタンの撤廃だ〜 - キャズムを超えろ!

なんかこう、動機が極めて日本的でありながら、実現結果が極めて日本的じゃない(主に配慮という面で)という面白い結論になっています。

でも、開くボタンの撤廃、という点は改良の方向性としてはひとつの到達点ではないかと思うのですね。なぜか。

最近とんと見なくなったエレベーターガールですが、僕の記憶が間違っていなければ、彼女たちが操作する(通常は鍵で閉ざされている)パネルのUIは「閉じるボタン」だけです。ただし、押しっぱなしで全閉するまでの間に手を話すと開く。即応性に伴う安全性という意味ではこれ最強でしょ?

ではなぜそうなっていないのか。その辺りが今のエレベーターのUIの謎を紐解く重大なファクターであると思われます。なんて偉そうなこと言って何かを知っているわけではありませんがw

このUIの欠点は、自動化できないことと、パネルポジションの人に過大な負荷を与えるという点であり、一般的には相応しくないと思われます。
でも、開くを撤廃することによって起きることは、本来緊急時のセーフティーであるドアセンサーを開くボタンの代わりに使用してしまうという運用でしょう。これは合理的ではあるものの、駆け込みの排除という点では実際には機能しないだろうし、もっというと一部を挟まれる事例というのが増えることが想定されます。であるならば、「中の人が開くを押してくれなかったから諦める」に倒れるのがより安全な気がしますね。

銀座アップルストアの強制自動開閉各駅停車エレベーターのデザインも面白いですけれども、誰も身じろぎもせず凍りつく時間空間ができるというのはあまり快適ではありません。

じゃあどうすればいいのか。ここまで述べてきたことで大体想像できることは、エレベーターのUIは現時点ですでに妥協の産物である、ということですね。ということは、このバランスを崩すことは、誰かの利益を奪うことになります。そもそも今回の事の発端は「押し間違い」に起因するものであり、それが本来の機能性ではなくエラー発生時の機能性が悪い、という話で発展するのが間違いに思えます。ここで議論すべきなのは機能性を変えずに如何に押し間違えないかであるべきで、そうするとパネルデザインをいかにすべきか、という話で完結したほうがいいんじゃないかなあ。

そうじゃなければ利用者に不便を強いても押しっぱなし閉じるボタンが最強だと思う次第。