議論と対話とエントリと

僕の書くエントリは基本的にネタです。ネタと言っても「ネタでしたー。釣られた人乙!」っていう話じゃなくて、話の種として。僕が僕の考えをアウトプットするのは、もちろん考えたことを伝えたいという思いがあってですが、自分ひとりでは考えが及ばないところを更に深めて行きたいと言う意図もあります。僕はプロの思索家でも批評家でもありませんから、自分の考えのみを信じ、それを普く伝えることが使命だとは思っていません。
なので、当然その不完全な考えかた、不完全な文章に、反発・反論がなされる、あるいは既に尽くされている議論を提示される、そのようなことは普通にあると考えていますし、特に反発に対しては、そこから新しく何かが生まれる可能性があれば、なんとか拾い上げて行きたいと思っています。
このブログの主たるid:NOV1975という仮想人格の、それが芸風なのです。コメントしていただく方、特に他の人の感情的なコメントや誤解と思われるコメントに対して僕の側としてフォローしていただく方は大変ありがたいのですが、議論の芽を摘まないようお願いしたいと思います。
本当に、単なる理由の無い罵倒であれば、どこかで僕もスルーを決め込むことになると思いますし。

追記:なんか消化不良なので先のエントリに書いたコメントを引用します

相互理解に到るきっかけは、何でもよいのですよ。それが単なる感情的な反発であっても、それが冷静になって説明可能な思考として言語化されていくのであれば、その原因を探ることで、お互いが主張したかったことがおぼろげに見えてくるものです。僕は、単に非論理的に罵倒され続けるのでも無い限り、一時の否定的な反応などは議論のとっかかりとして認めるべきだと思うし、引っかかってしまったこと自体はこちら側の問題でもあると認識しているのです。
両方で感情的な煽りあいになってしまえば、それはもうただの口げんかに過ぎません。僕はエントリの中では意図的に過激な発言をしたりすることはあります。が、それはやはり反応を期待しているからであり、そこから生まれる議論については自分の考えに固執せず、そこから生まれるものを建設的に練り上げていけたらと思っていますよ。ただ、僕も人間ですから、つい皮肉が口を突いて出てしまうことはありますが。
不快に感じる、というのも立派な感想だし、意見だと思います。そして「何故」さえ説明できれば、考えを先に進めることができるのです。エントリの内容を議論しようというモードに移行した時点で、それまでの態度などは(お互いが蒸し返すようなことがなければ)不問にしたいです。書かれたことは過去であり、そこから先で生まれるものが未来なのですから。

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