タバコと排気ガスを比較するのはそれほど的外れではないのでは

観点によってはナンセンス極まりない比較ですが、全ての点において両者が比較できないわけではありません。もちろん、皆さんそれを認識した上で、比較の土俵にあがらせないようにしているのが見てとれます。何故そうなるかは土俵にあげたい人の目的が、「許容されている」何かと同列であることを示すことでこっちも許容されるのがフェアだという論理を示したいわけです。そのものに対する重要度が無視できるというのが言葉遊びになっている主要因なのですが…
さて、排気ガス光化学スモッグ杉並病地球温暖化。ネガティブキーワードが沢山ある排気ガス。当然、規制の一途を辿っています。趣味性のため燃費を犠牲にしたら税金は上がるし、ディーゼルは都内では大規制。メーカーはなんとか生き残るためにクリーンエナジーを目指して躍起になっています。そう遠くない未来、ガソリンエンジン車の公共の場での禁止が義務づけられ、ドライビング愛好者から恨み節が聞こえてくることでしょう。
何かが完全に趣味の世界に完結するものであり、その趣味が他者に具体的な悪影響を与えることがわかっているのであれば、規制されるのが現代の社会です。そういう意味では、本来車は必要悪の部分に趣味の部分が上手く隠れているものに過ぎないのではないかと思いますよ。タバコと排気ガスの比較がナンセンスなのはあくまで今、この時だから。50年前にタバコの規制といってもナンセンスだったことでしょう。
大きく見るとこの通り。むしろ、タバコのほうが他者に対してより直接的に被害を与える一方で、地球環境にはそれほど影響がないため、特定の場所では吸えるということで、生き残れるのではないでしょうか。趣味で言ったらガソリンエンジン車の方がよっぽど危ない。
この2つの比較をするのは、タバコも個人に対しての影響のみならず地球環境への影響を考えなくてはならないという問題提起なのではないかとふと思ってしまいました。