「今まで黙っててごめん、ホントは俺、マッチョだったんだ!」

長い沈黙が、二人の間に訪れた。陽気な昼下がりの公園のベンチで、何故かここだけ空気が澱んでいた。気まずい沈黙の中、女は涙目で口を開くと一気にまくしたてた。
「じゃあ何?仕事がつらいと、上司が憎いと私の胸の中で泣いたのも、全部嘘だったって言うの?廃人寸前になるまで仕事で追いつめられて、転職するにも資金がなくて、高熱で寝込んでも迎えにきた上司に連れ去られ、できない後輩が先に帰っても黙々と、上司がキャバクラから仕事の指示を出しても黙々と、ゴールデンウイークに「3月って66日あるって知ってた?」って電話してきたあなたの姿は全部嘘だって言うの?!」
「いや、それはホント」
「???」
「ごめん、俺は実はつらくも何ともなかったんだ。ただ、君が話を聞いて同情してくれるのを見て辛くないなんて言えなくなっちゃったんだ。だっておかしいよね、こんな状況で耐えられる人なんて」
「さようなら!」
「?!」
「私、脳味噌が筋肉でできている人嫌いなの!そんな人に騙されるなんてどうかしてたわ!」
「う、嘘嘘超嘘ホントは仕事超辛くて耐えられないの昨日も花見の席を横目で見ながらPC投げつけたくなったの明日から半月現場に缶詰なの支えがなくなったらきっと死んじゃう見捨てないで戻ってきてぇ!」
絶叫はしかし、怪訝な顔をした子どもたちにしか届いていなかった。
そして、男はマッチョであることを憎み、マッチョ論を振りかざす者を憎み、反マッチョ論を書き始めることになるのであった。