なんでもいじめ脳

いやー、こういう事件があるとだいたいそういうことをいう人が出てくるよね。
「よってたかってなんか言うのはいじめ」みたいな。
そんな事言ったら日本の政治の中心たる国会だっていじめだぜ!多数決はいじめ!民主主義はいじめ!

極端な話はいいとして、例えばウェブでなにかアホなことを言った人をみんなで叩くのはいじめか。いじめをしていた人にみんなで仕返しをするのはいじめか。

線引きはとてもむずかしいとは思う。

個人的な基準としては、いじめであるためには「理不尽である」「度を超えている」ことが必要だろうなと思う。度ってのは変動するね。

たとえば、いじめの報復がいじめになってしまうのは、報復を果たしたあと(つまり、「思い知ったかこの野郎」の後)、許しを与えずに報復し続けるようなもの。いじめがどのくらいの傷を与えてどのくらいで報復に足るのか、というのが難しいからなんとも言いがたい面はあるけれども、「許す」というのも社会的な機能であり、いじめが一線を超えるまでに止められることが出来れば、そこで許しを与えるための機会を作るのも教育というものだよね。理不尽に他人を傷つけてしまうことは誰にでも可能性があることだ。

じゃあ、ウェブで変なこと言ったやつを袋叩きにするのはどうか。その人が謝罪してたり撤回してたりするのに「あいつは許さない。心魂が腐っているに違いない」と会社を暴いてクレームつけたりするのはいじめだと思うよやっぱり。でも、おかしなことをおかしいぜ!って言い続けることがいじめだとは思わない。議論は議論の枠で片付く限り理不尽なことは何一つない。いやそうでもないか。おかしいという指摘自体が理不尽なことはある。そういう相手に対しては無視を決め込むしかないけどね。
もし、批判によって精神がどうとかいうのであれば、そもそもそのことを公共の場で漏らすこと自体が誤りだったと思うしかない。ウェブはみんなが思っているよりも野生の猛獣が生息しているジャングルだったりサバンナだったりする。貝かと思って安心してたらイモガイだったりする海かもしれない。

往々にして「いじめられる側にも原因が」ということを言われるけど、いじめというのは理不尽なものであるから、原因なんて存在しなかったりするのだよ。あるいは、その原因というのが差別的なものであれば、それはそれで社会として理不尽なのであるから。

逆に言うと、理不尽ではないことにはやられる側にも原因がある。なんでもいじめ脳がいじめと指摘するものの大半は、理不尽ではない。