目に入って傷つくのは普通のことだけど

しばらく前に、こんなことを書きました。

僕がまだ小学生だったころの一時期、TVCMに映画「バタリアン」のCMが流れていました。当時の僕はそれが怖くて怖くて、CMの時間そのものが怖かった。TVは見たいけどCMは見たくない。いや、正確に言うと、他のCMは見ても良いけど、「バタリアン」のCMだけは勘弁な、というわけで。その瞬間だけチャンネルかえるってわけにもいかないし(そもそもリモコンがあったかどうか)、怖がっているのを笑われるのも嫌だしね。存在そのものが苦痛なものを何故流すのか、理解できなかったわけです。
あと、週間少年ジャンプに「メタルK」っていうマンガがあって、今思うと何が怖かったのかイマイチ分からないけど、きっと金属の骸骨っぽいのが動き回るのが嫌だったんだろうな。ほぼ巻末が定位置だったのであまり間違えて開くことはなかったのですが。他のマンガは見たいわけで。

見ない自由 - novtan別館

お化けの類が妙に怖かった(実際には作り物が怖くて暗いところとかはそうでもなかったけど)少年時代、ゴールデンタイムが拷問に感じたものですが、まあ、こんなのは誰しもが抱えているトラウマであるけれども、自分の弱いところを揶揄されるかのような、そういった存在に憤ったりするわけです。

「レイプ」とか「痴漢」とかそういう言葉で検索すると、それらの行為を、してはいけない犯罪行為としてじゃなくてファンタジーとして楽しむ行為としてとらえたコンテンツが、山のように、検索順位的にも上位に出てくる。そんな現実にもおぞましさを感じる。これだけ大っぴらに溢れているのは、消費する側が安全圏にいて一方的に楽しめるからじゃないだろうか。
白人が作った、白人が楽しむための有色人種差別虐待コンテンツを見て有色人種が感じる不快感、とでも表現すれば、この感覚を男性にも想像してもらうことができるのだろうか。
感覚で規制されるんじゃたまらん、という意見は分かるし、そういう規制の仕方は非常に危険だと思うけれど、そもそもそういうおぞましさを感じさせていることと、その理由について自覚的にはなってくれればと思う。

私は「萌え絵(パンツが見えているようなもの)」を見て、傷つく生身の女..

この話は性の視線の問題だから、単純に比較するわけには行かないと思うんだけど、それでも違和感があるのは、ファンタジーってのは大体そういうもんなんだよ、という点と、別にあんたが消費されているわけじゃないよ、という点からかも知れない。
この辺の問題は正直よくわからない。僕が男性だからかも知れないけれどもね。有色人種差別虐待コンテンツに不快を覚えるのは本当に有色人種差別虐待だからじゃないのかな。ネタで言われてマジ切れするほどセンシティブな人間じゃないからかもしれない。
おぞましさとその理由については、だから自覚しようがない。というか、そういうものを普段見ないから(まあたまたま、とか薦められて目に入ることはあるけど)、あまりよく分からないのかもしれないけれども、ということはそれなりにゾーニングされていれば良いんじゃないかなとまた同じ結論に達するわけだ。だからゴールデンでホラー映画のCMは止めようよ。夜更かしする子供にはおしおきよ、ということで(しつこい)。
昔、土地勘のない土地で、最短距離の通り道にあった風俗街を通り抜けたらたくさん勧誘されたけど、無視して過ぎ去ったら「ひやかしなら来るなよ」と捨て台詞を吐かれた。理不尽だとは思うけれども、足を踏み入れる、というのは一つの意思表示でもある。そういう意味ではウェブは無防備すぎると思うことはある。騙されてグロ画像を見た覚えは誰にでもあるだろう。だから、ゾーニング。難しいけどね。基準があまりに人それぞれだから。でも、削除で済めば誰も傷つかない。罪にしてしまうから問題になるだけであって。そして、削除されても適切なゾーンには再掲載可能なわけだ。
これも前に書いたけど、人間って理由がつけられないことについて恐怖を覚えることが多いわけだ。昔の人は妖怪の仕業にしたりたたりのせいにして説明をつけていたし、妖怪がいなくなった今、科学的な説明が試みられているし、とにかく、意味不明というのは怖い。あと、暴力も怖い。暴力の伝説も時に鬼になったり神隠しになったり。そういった怖いものに蓋をすればするほど、閉じ込めている妖怪たちが邪悪な度合いを増すように思えてしまうのは、閉じ込めている罪悪感のなせる業なのかもしれない。
直視できないならそれでも構わないけれども、お化けの森を破壊しておいて復讐を恐れるようではどうしようもない。