絶対悪であるXXを撲滅する話

社会的見地に照らすとXXが悪であることは間違いない、というのはわりとあると思うけど、何かの対立事項において、悪の反対側が絶対正義であることはほぼ成り立たないだろうから、正義をたてに悪を撲滅する行為は確信犯がなせる業である。でなければ、単なる横暴。
極端だけど、特撮などで、よく悪の側の悲哀が描かれるけど、結局悲惨な末路をヒーローたちによって迎えさせられるのは、もしかしたら筋の悪い自己責任論の体現かも。

結果を見てみないと、正解だったか不正解だったかわからないけれども、世界を変えていくためにはそういう(ヒーローの話は極端でも)正義の押し付けは必要かもしれない。でも、悪の首領も大概は理想に燃えた過去があって、何かのきっかけ(主に不幸な出来事)で逆のスイッチが入ってしまっていたりするよね。

不幸な人を出さないためにはどんな犠牲も辞さない、というのは「犠牲になった不幸な人だしてるじゃん」というツッコミをうけがち。特に、犠牲が相手側のほうに存在する場合。革命を成し遂げたら職を奪われた宮廷料理人に刺し殺されるという形で報いがやってきたり。

紛争はケースバイケース、では世の中進化しないのかな、やっぱり。