ゲームがつまらなくなったのはインターネットのせい

すごく大雑把に言うと、ゲームには習熟を要するものと、謎解きを要するものとその両方を要するものがある。元来ゲームがマニアのものであるのは、特にこの習熟の面が大きい。マニアが習熟し続ける一方でゲーム自体の大衆化が進むと大半の人がついていけなくなりジャンルが衰退することはシューティングゲームにおいて大いに語られている。
ゲームが時間と頭脳労働(習熟のための肉体制御も含めて)の成果により達成感を得るものからストーリーを消費するものにシフトするのは、しかし必然ではなく、今一つのツールが必要。
肉体的な習熟は、他の娯楽に比べて達成度の個人差が激しいから真っ先にシェアを失うだろうけれど、それでもストーリーをエサに生き延びてきた。既存型のRPGもまた、目新しさをあの手この手で訴えかけながら延命している。AVGは既に大抵ストーリーのためのインターフェース、つまりインタラクティブメディア化している。
斯くして謎解きは目的ではなく手段に堕ちた。ここへ到って手段をショートカットするための情報が氾濫するのも必然。従来から友達通しの情報交換で行われていたことはしかし、ゲームのインタラクティブ性の一つであり、自らが情報提供するためのプレイも必然。それが、インターネットの登場で、一部のマニアによる、情報「供給」に変化してしまう。インターネットはとどめを刺したに過ぎないがあまりにもその存在は大きい。時間の使い方が多様化した今、情報により困難をショートカットして少ない時間で楽しむのは権利ですらある。インターネットが存在しなければ、楽しみ方の多様性というレベルで留まっていたかもしれない。
レイトン教授攻略サイト自粛問題というのはこのあたりの認識の問題であり、カジュアル層にどう受け止められるかは未知数とはいえ、死んだメディアを生き返らせようとする努力にも見える。攻略本マーケティングの問題かも知れないが…
古来からある対戦型ゲーム(囲碁将棋カードゲーム等)のインタラクティブ性にパズルゲームが到ることは難しい。かといってストーリーや演出に逃げるとその全てをユーザーは見たがるし、それが目的になる。色々なものが氾濫した結果、ゲームが費用対効果的な評価をされるものになってしまっているのは悲しい限りだけれど、娯楽の拡散と情報の氾濫がその原因だとしたら、インターネットの影響はあまりにも大きい。