ウェブの「数と公共性」問題

ウェブでの匿名性について、街中とか、居酒屋とか、そんなたとえ話をすることは(僕も)よくあります。曰く、隣の席のおっちゃんが上司の愚痴をたれていても、その愚痴をその会社がわかっちゃったとして営業窓口に電話してちくるか、と言うとちくらない。機密情報を産業スパイに売り込むか、というと売り込まない。たまたま経済記者が人事情報を聞いちゃった、とか、ライバルの会社の秘密の商品のことを聞いちゃった、とかならこっそり利用するだろうけれども。
現実の居酒屋、と言うのはウェブで何かを書くよりも相対的に小声な訳です。更に意識的に小声になって、イニシャルトークをしたら、もはやしゃべっている人がたまたま顔見知りでもない限り、何のことやらわからない。
ネットの公共性を意識すると、この居酒屋での小声イニシャルトークと、匿名でひっそり、と言うのは少し似てきます。前にも書いたとおり、ネットでものを書くというのは全世界に放送するのと一緒ですが、そこで匿名を使うことによって、声を下げることができる。それでも、次のことを考えた方が良いわけです。現実とウェブで決定的に違うのは、現実で「ライバル会社の新商品」の話はあくまで「小耳に挟んだ」としか報告できません。単なる噂かも知れないし。話している人が誰であるかと言う証拠写真と、録音テープぐらいはないとなかなか上手くいかんでしょう。しかし、ウェブではまず一つ、記録として残っている。消してしまうことはあるかもしれないけれども、一旦ウェブに掲載されたことを証明する手段はいくらかはあります。だから、自分の書いているものが常に書いても問題ないものであるかと言うことを意識していなければならなかったりします。そして、声を下げるのが匿名による書き込みの一つの目的でもあります。聞き流せばそれで終われるものにしておかなければならない。単なるいたずら的なものであっても、現実に被害が及ぶかも知れないのは多分居酒屋も同じです。隣の客と喧嘩になって「お前はどこの会社の奴だ。名刺を出せ!」になることは良くあります。
ちなみに、居酒屋でのトラブルがそれほど大きくならない(当人にとってはそうでないけれど)のは、対象が特定の相手だからであって、じゃあネットはどうかと言うと、全世界に放送しているわけですから、関心を持った人全てが相手な訳です。少なくとも、自分からネットに何かをおいたことが原因でよってたかって責められるのは、ネットイナゴと言う問題ではなく、自分の行使した影響力の強い力(つまり、ネットへの公開による全世界への伝達)の反動であり、実効力が強ければ強い(つまり、有名だったり、話の内容が大勢の関心を引く)ほど、反動も大きいわけで、仕方が無いことです。某先生とか自覚しろって。
匿名と言うのはしかし、実は身元を隠すという目的ではそれほど強力なものではありません。なんだかんだで辿られてわかってしまうようなものです。だから、あくまでも、調査コストを上げて、本来の目的に見合わないことにする、とか、別に秘密じゃなし、薄々わかってしまっても構わないけど、確定的な形で広まるのはあまり嬉しくない、と言う程度にしか使えないわけです。そして、ここでまた気をつけなければならないのは、居酒屋の同様な匿名性と違って、ネットでの匿名は、調査コストが分散すると言うこと。つまり、スネーク*1が大量に発生してしまえば、コストの壁が容易に取り払われてしまいます。単に名乗りとしての匿名性だけではなく、内容の匿名性を意識しないと最終的には全く意味がありません。悪口を何かしら特定できる形で書くとき、相手や相手の友だちがあなたのブログを読まないという保証はどこにあるのか。ありませんよね。
というところで、実際にはネットで匿名を用いることは、実名から一歩遠ざかるのではなく、薄い壁を間に挟んでいるだけです。たまに向こうが透けて見えます。でも、この壁自体はそこそこ役にはたってくれます。その程度のものだと認識しているのが良いでしょう。
さて、ネットで不用意に犯罪告白をしてしまうような場合にも数と公共性が、また、ネット上では本人に近づいてもガン飛ばされないので近づくのにハードルが低いことが問題になります。公園で仲間同士でちょっとした悪いことを自慢しあっていたら、茂みの中に大量の録音機材を抱えたスネークが潜入中だった、みたいな。何しろ誰かが見つけちゃったらもうそれは全世界に広まったものと一緒です。広めるという手続き自体はまず本人がやってくれているんだし。そこで本人がちょっと悪いことする俺カコイイとか思っていると火に油。ワル(と言っておきましょう)は警察に追い回されてこそワルなわけですから、ネットで正義感溢れる住人たちに追及されまくるのは本来の姿であり、むしろ誇るべき結果であるのにすぐ尻尾を巻いて逃げ出すのはなぜか。それは、そこが仲間内のちょっと一服できるプライベートな空間だと勘違いしているからなのでしょう。本当は、悪い奴ほど公共性と言うのを意識しているはずで、単にテクノロジーについていけず使われてしまっているだけなのか、それとも若気の至り的ちょっと悪いやつというのが世の中に蔓延しすぎているのかは定かではありませんが、どういうものが犯罪なのかを世の中に知らしめるためには、こういうちょっとおばかさんな人たちが醜態を晒すと言うのが一番なのかもしれません(それによって犯罪が高度化したらそれはそれで困るけど)。
現実の公共の空間と、ウェブの公共の空間は、それほど違わないはずなのですが、現実は即時性が必要で、その場にいない=参加していないであるのに対して、ウェブは長い目でみたらともかく、短いスパンでは、全世界同時参加中の空間。この参加人数のもたらす差異と言う物をどこまで意識できるかが、ウェブの公共性のなかでどう生きるか、ということに繋がるのかも知れません。

*1:2ちゃんとかで現地潜入調査をするような人。メタルギアソリッドより命名