成功体験では人は救えない

成功体験においては、往々にして、その成功においての最も重要な要因が「努力」「決断」「行動」として語られる。多分、もっと重要な要因がある。「才能」「環境」「運」だ。しかし、これらは自らの意思そのものではない。無論、これらの要因も本人の「努力」「決断」「行動」によって作り上げられて来たものであることはあるけれども、つまるところ「実力」なのだよね。やるやらないの前にできるできないが大きな壁として存在することは、多くのケースで無視される。そりゃそうだ。当人にとって見れば、実力は人生の結果なんだから。

叩かれるのを承知で正直に告白すると、ぼくはいつもろくに残業せずに、睡眠時間と読書時間はたっぷりとりつつ、わりと頻繁に休日出勤をして快適に仕事を楽しみ、休日出勤手当がどんどんぼくの銀行口座に振り込まれた。
仕事時間中に、じっくり良い技術書を読みこなし、納得のいくまでプログラムを作り込んだから、僕のソフトウェアエンジニアリングの知識もスキルもグングン伸びていった。
商品としてのぼくはますます肥え太った。ぼくの銀行口座も肥え太った。

氷河期の猛吹雪にズダボロに引き裂かれた人々と、グングン成長した人たち - 分裂勘違い君劇場 by ふろむだ

これなんかは環境だよね。運が良かったと言わざるを得ない環境。ババを押し付けることができたのは、カードを引く機会があったからに過ぎない。別に行動自体は特に叩く必要性を感じない。僕だって、その環境にいて、こういう行動ができる(初期の)実力(には憔悴する上司を尻目に快適な仕事を満喫できる精神力も含まれる)を持っていたら同じ事をするだろう。生き残るためには。
幸い、僕はババを誰かに引かせなくても、そこそこにやっていける会社に就職した。上司が憔悴することはあったけど、それは単なる仕事上の問題であり、解決可能なものであったし。
社会に入った後の環境が氷河時代だったわけじゃない。無論、そうであるところもあったけれども。どちらかというと、ほとんどの人にとって、氷で閉ざされた扉しか見つからなかっただけだ。

id:repon氏やid:sync_sync氏が「自分はわるくなかった理由」を10個考え出している間に、「その状況から抜け出す具体策」を10個考え出す生き物がマッチョなんだ。

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これも若干の異論がある。ITは人の能力を際限なく増加させる。加速度は時に指数関数的だ。サイコガンどころの騒ぎじゃない。その能力に裏打ちされたマッチョが考える「具体策」は、能力を持たないものにとっては単なる机上の空論だ。それに、人を裏切ってはいけない、人にやさしくしなければならない、そういう教育を受けた人が、社会という荒波で、他人を蹴落とさないと生き残れないことを「仕方ないから」と是とするにはどのくらいの精神が必要なのか。競い合い、高めあうのと違う、責任の押し付け合いと要領のよさと。

しかし、東京の情報処理技術者求人倍率は5.8倍だ。平均年収も事務職よりはるかに高い。
良質の雇用は、有り余っているんだよ。

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ハローワークブラック企業の巣窟。良質とは一体なんだろう。なんでIT業界は3Kあるいは7Kと言われるんだろう。そして、ITの効率化によって、大部分はいつか要らなくなる雇用。結構な部分が自分で自分の墓穴を掘る仕事だというのに。
でも。

マッチョじゃなくてもそこそこ幸せに生きていける社会を作っていきたいものです。

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これには全力で同意したい。就職氷河期とは、そこそこの幸せを望んだ人が、そこそこに排除されてしまった時代。
人を絶望させる成功体験談はいらない(が、参考になることもあるから、語るなというわけでもない)。成功した人が、どうやってその成功を社会にコミットしていく事が、何とかまともに生き残った側の同朋に対する使命なのではないか、とそう思う。タイタニックが沈没するときに、周囲を蹴落としながら金品を略奪しつつ、我先にボートに乗り込んだのではなく、何かを成し遂げる決意をもって、何かに目を瞑ったのであれば。

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