科学者は、神頼みしちゃ、いけないの?
神はいない、世の中の出来事は全て科学で証明可能だ、というのは一つの見識ではありますが、それが真実になるのは万物理論が見つかってからだから今言ってもしょうがないよね、と思う今日この頃です。
宗教に否定的な態度をとる科学者もそれなりに多くおられるのでなんともかんともですが、
おそらく多くのニセ科学批判者も、次のような行為をしていることと思う。
2009-01-24
- 初詣に行く。
- 葬式に行く。
- 科学の実験に際し「うまくいきますように」と祈る。
- ダイエット中なのにお菓子を食べてしまう。
まあ、ネタですよねこれ。僕はどっちかというとニセ科学批判側の人ですが、ダイエットをしているときはおかし食べなかったYO!でも初詣には行くし葬式にも行くし、バグがありませんように、と祈ります。
まことに失礼な話ではありますが、多くの日本人にとって、神に祈るのはきわめてカジュアルな行為でありますね。心から神を信じて頼る、という日本人はそれほどいないのではないでしょうか。神様、もしいるなら助けてね(期待していない)。身近な存在が神として祭られていることも多いです。神頼みは人事を尽くして天命を待つことであることもあれば、偶然を期待する儀式だったりもします。
初詣も葬式も、宗派を問わず行きますね。これらは単なる儀式であるし、初詣なんて明治時代の鉄道各社の集客目的のイベントだったらしいですよ(と先日テレビでやっていた。真偽不明)。
日本人に限らず敬虔な宗教者である科学者は、科学でわかることとわからないことは明確に分けることで宗教に対峙しているようです。
さて。
「あなただってもし知り合いが亡くなったら葬式に行くんじゃないですか? それって、科学的な行為なんですか?」とホメオパシー実践者に問われたら、ニセ科学批判者はどう申し開きをするのだろう?
2009-01-24
なんで申し開きをしなければならないかはわかりませんが、こう問われたらうれしいですね。ああ、ホメオパシーって、科学じゃない自覚があったんだ、と思ってしまうので。だって、葬式が科学的だなんて誰も思ってないでしょ?少なくとも死者に対しては。しかしながら、生者にとっての社会学的な意味はありますね。
あれ、ホメオパシーの機能的な本質は葬式と一緒か?
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