放射線の線量リスクで掛け算することと、宝くじとパチンコの違いと

少し話に混同があると思うので考えてみる。
元の話はここ。

もぐさんの「リスク比較における『○○人に一人』は掛けてはならない』という主張 - Togetter

で、ここで「掛け算してはいけない」って言われているのは、ICRPが出している集団実効線量のリスクの話。まず、こういうのを宝くじに例えている人が結構いるみたいなので、そもそもの宝くじの話。

宝くじは必ず誰かに当たる?

例えば、1000枚に1枚当たりがあるくじが1000枚売れたら必ず誰かが当選します。なぜか。ハズレくじはハズレとして排除されるため、1000枚売る中で必ず当たりくじを売ることになるからです。
一方で、よく勘違いされるのが、ギャンブルなどでの抽選。これは、ハズレくじを引いたらそのくじはまた売り物に戻され、シャッフルされます。つまり、1000枚売れても必ず当たりが出るわけではないですし、極端に言うと1000枚売れて1000枚あたりになる可能性だって0ではありません(実質的には0ですが)。こういう抽選方法を一般に「独立試行」といいます。
当たるかもしれないし当たらないかもしれない事象に対して宝くじの例えをすることは、あまり適当ではないですよね。とはいえ、独立試行の場合もその当たり事象が平均的に起こり得るものであり、かつ十分な試行回数を伴うことが出来れば、ほぼほぼ期待値に沿う結果が出ます。1000枚引いてもあたりが出ないかもしれないけど、1000億枚引いたらだいたい1億枚前後(この前後というのが曲者ですが)は当たりがでるでしょう。これを大数の法則と言います。

さて、では、宝くじの場合と考えたときに、仮に当たりが1兆枚に1枚、売れたのが1億枚だったらその中に当たりはあるでしょうかないでしょうか。なんだか当たらない気になって来ませんか?仮にこの宝くじが1000回発売されたとしたら、期待値は1枚当選。

というわけで、宝くじだからといって必ず誰かに当たるわけでもありません。それでも宝くじには当たりくじが「ある」わけです。当たりがあるんだったらそれを人数で掛け算したら誰かに当たるでしょ?というのが今回の議論ですね。

LNTモデルとは

そもそも、今回の問題は、いわゆるLNTモデルをどう捉えるべきかという問題です。LNTモデルとは「直線しきい値なし仮説」のことを言います。これは「ある一定の値を超えない限り影響がでない(=閾値有り)とは仮定しない」ということですね。なぜこういう仮説を取るかというと、リスクはできるだけ低いほうがいいという観点から、仮にこの仮説が正しいとしたら問題であるだろう線量を定めたほうが合理的(さもなくば、疫学的な結論が出るまでリスク評価ができない)という理由があるからですね。
つまり、これは低線量のところに閾値があるかどうかについて現時点で疫学的な評価はできていないことを意味しています。

集団実効線量とは

もう一つの重要なキーワードとして「集団実効線量(集団積算線量)」があります。これは「集団を対象にした線量評価のために評価対象とする集団における1人当たりの個人被曝線量を全て加算したもの」です。この値は放射線防護手段を比較するための指標とされています。事故が起きたと仮定したときにこの値が一定以下にならなければならない、というように使うようです。当然ながら、ここで仮定される被曝量はそれなりの大きさになります。

このふたつを組み合わせてみる

集団実効線量は現場で集団が浴びる合計の値ですから例えばこれを100万(単位は適当)としましょう。100人いると考えると1人1万ですね。この基準で1人は癌になる、というのが仮定になります。設備のリスク評価をする際には事故が起きてもこれ以下に抑えましょう、と。ところで、LNTをここに適用します。すると、100万人いたら1人1浴びると1人は癌になる、ということになります。

1でも浴びると宝くじの法則から言って自分が癌になる可能性が0ではない!!ということですね。
でもちょっと待ってください。1(なんども言うようですが単位は適当です)の線量で本当に影響が起きるの?

これが掛け算をしてもいいかどうかのポイントになります。掛け算をして即「危険だ!」というためにはしきい値なし仮説が正しく、かつ、現実的に存在しうる範囲で問題が出る(例えば結果として100兆人に1人が癌になります、という仮説に恐怖することは合理的でない)必要があります。

ICRPの見解

http://www.nsc.go.jp/info/bassi_0908.pdf
「疫学的研究の手段として集団実効線量を用いることは意図されておらず,リスク予測にこの線量を用いるのは不適切である。その理由は,(例えば LNT モデルを適用した時に)集団実効線量の計算に内在する仮定が大きな生物学的及び統計学的不確実性を秘めているためである。特に,大集団に対する微量の被ばくがもたらす集団実効線量に基づくそのような計算は,意図されたことがなく,生物学的にも統計学的にも非常に不確かであり,推定値が本来の文脈を離れて引用されるという繰り返されるべきでないような多くの警告が予想される。このような計算はこの防護量の誤った使用法である。」

リスクの否定ではない

元々のtwitterでも複数の議論が混同して語られているきらいはありますが、いずれにしても、リスクの評価方法としてどの程度妥当かという話ではあります。低線量のリスクについてはわかってないことも沢山あります。なので、想定しうる仮説に基づいたリスク回避の行動を取る、という姿勢そのものが悪いとは思いません。
ただ、単一の対象に対する宝くじ的なリスクを心配するのは総合的なリスク評価ができているのか疑問に思うことがよくあります。よくある予防接種の宝くじ的リスクを気にする人は予防接種を受けないことのリスク(そっちの方がトータルリスク度が高い)を度外視することが目につきます。
個人的にはそっちのほうが気になるんだよなあ。
まあ、「当たりはかならずある」と疫学的に実証されていない仮説に基づいて自信満々で語ってしまうのはどうなのかな、と思いました。