SEALDsと反原発に関する雑感

SEALDsみたいな活動そのものについては僕は評価している。僕は世代的には学生運動の残党みたいな、訴求力のない看板だけが目立つ大学キャンパスが存在した時代に大学生をやっているので、主張の拡散した全方位にヘイトをばらまく(革命は何かを憎まないと達成できないみたいな空気感のある)運動には拒否反応はある。
けれども、まあ今回の国会運営は問題外だと思うし、たとえ何かに踊らされていようが自分たちの未来に対してなにがしかの運動をするというのは悪いことではない。就職ガーみたいな脅しがかかるのが何を表しているかは結構重要。
ただねえ。色々混ぜたらダメなんだと思うし、混ざるってことが何を意味しているかっていうと、多数指摘されている既存勢力との混交だよね。反法案なのか反政府なのか反原発なのか。革命目指しているのか目指してないのか。反原発なのか。ここに来て原発とか全く関係ないじゃんとか。関係あるとしたらそれは単なる政権批判なのか、とか。
わかりにくいし内部でも意見の相違が出るだろうし、そういう要素を混じらせるのは勢力を弱めるやり方でしかないよ。古い勢力は逆に単独で立てないくらいは弱まっちゃったから無理やり混ざろうとするんだろうけど。混ざっても自分たちの主張が出来るんであれば元々の趣旨なんてどうでもいい的なね。
すべてが一致していなければならないのであれば、全てが一致している人だけで弱小勢力を作るべきだし、そうでないのであれば、一致しないことは宣伝文句にしないというのが正しいんだと思うよ。