自分の経験から他者を制限すること

例えばですよ、自分は「実名で活動しているけど問題ない」という状況があったとして、事情も何もわからない他者に対して、だから「お前らも実名で活動すべき」と言えてしまうのはなんだかなあ、と思ったりします。
これが、実名で活動しないことが社会正義に反するとか、実名で活動することのメリットがこれだけあるから無理にとは言わないけれど「推奨」する、とかならわかるんですよ。なんで「お前が大丈夫だからって俺が大丈夫なわけないだろ」という論理を理解しないで、わざわざ他者の活動方法を制限しようとするのか。
なんていうと「お前はネガコメ平気でも俺は平気じゃないんだよ」みたいなブーメランが返ってきそうです。平気って言うかネガコメなんてない、という原則論なのでそのブーメランはかするくらいですけど。
「俺なんか高校のときは無免許で車乗り回したものだぜ」とか「万引きなんてみんなやってるぜ」みたいなのと同じメンタリティーとまで言うとちょっと言い過ぎですけど、「平気だった」というのは現在まではそうだったかも知れないけど、未来に渡ってそうとは限らないことです。もちろん、確率的に低いことをもって大丈夫と思う自分自身の行動には責任を持てると思いますけど、実名で活動することを勧めた相手が、実名を晒してストーカー被害にあったとしてもきっと「不用意なことを書くお前が悪い」とか「ネットに実名で書く内容なんてちゃんと吟味しないとダメに決まっているだろ」と冷たく突き放されるに違いありません。
犯罪自慢ならともかく、自分の内面のどろどろしたところをうっかり出してしまったことが一生その人の印象へのレッテルになってしまうような危険を避けるための匿名とか、そういうものまで制限される必要はないと思うんだけどなあ。