最初のターゲットは、工場

誰でも良かったことの帰結としての秋葉原だと思っていたけど、その前段階があったみたいだ。

事件数日前、リストラを進める派遣先に対し、「トラックを借りて工場を封鎖し、嫌がらせをしたい」と同僚に話していたことがわかった。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080608-2810266/news/20080613-OYT1T00832.htm

どこの新聞か確認してないけど、朝の朝刊紙紹介番組で、「最初は工場襲撃を計画したけど出来なくて諦めた」と供述している、という話もありました。あとこういう記事も

東京・秋葉原で17人が死傷した無差別殺傷事件で、殺人未遂容疑で逮捕された派遣社員加藤智大(ともひろ)容疑者(25)が、犯行当日の8日早朝、携帯サイトに書き込んだ「秋葉原で人を殺します」というタイトルの犯行予告について、「タイトルや車とナイフを使う手口は、犯行直前に書き換えたもの」と供述していることがわかった。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080608-2810266/news/20080617-OYT1T00163.htm

最終的に犯行を決意するに到るまでの心のゆれなのか。
人生において、いくらかの欠損は我慢できるものだよね。僕だって、求めて得られていない大事なものがあるけれども、全体的に見てそれほど不幸だとは思えない。まだまだ未来もある。どこかに決定的な差はあると思うけど、それは単にいくつもの安全装置がついたスイッチの、押すことができるステップに達してないからなだけかもしれないしね。セーフティースイッチの段階が人によって違うのかも知れないし。
個別の事例で社会全体を変えることはできないと思うけれども、この事件がなんだったかを一人一人が考えることは社会にとって有益なんじゃないかとも思う。