必要条件の地平

生島 勘富 さんの「アニメが好きなことは、幼女に性犯罪を犯す必要条件になっている」について - Togetter
必要条件ってのはそんなに曖昧なものではないよね。
「その割合が一般成人と大きくズレがあったり、100%に近かったりしたら、アニメは必要条件と言えるかもしれない。 もちろん十分条件ではない。」
という出だしの当たりが端的であって、そもそも論理学的な必要条件、十分条件の話に見えない。このように、言えるかもしれないと当初は言っていたので大仰な話をするつもりはなかったのであろう。だったら最初から必要十分な話など持ちださなければいい。

一応、必要条件とは何かを考えてみよう。
属性の話で考えると、必要条件は、ある属性がその上位または下位の概念の属性であるために必要な属性である。例えば、日本人であるためには人間である必要がある。この時、人間である、というのが必要条件。
一方、日本人であることは人間であることの十分条件だ。日本人であれば人間であることは確実であるから。いや、人非人とか言わないそこ。でもって、人間であるためにはアメリカ人でも中国人でもよいので日本人でなければならないということはない。だから必要条件ではない。

では、アニメを見ていることが幼女への犯罪の必要条件であるとする。すると、一人でもアニメを見ていない幼女への犯罪者がいたら反証されてしまう。なので、「アニメを見ない幼女犯罪者などいない!」という命題を証明(これはほぼ悪魔の証明であるね)しないとこのロジックが成り立たないことは明白である。なんだけど、自分ではデータも出さず、感覚で押していってしまう、というのはもはや論理学的な用語を口に出す資格がなく、単に「俺は偏見を持っています!」という宣言にすぎない。どんなに相関関係だ因果関係だと言っても最初に立った位置が非論理学的なものである以上、破綻せざるを得ない。

で、この話の問題はもっと根源的なところにある。仮に、アニメを見るのが必要条件だったとして、それは根絶されるべきか。
例えば、アニメファンが遺伝的形質であり、その中に1億人の1人の確率で凶悪犯罪を起こすものが存在した場合、それは必要条件と言えなくはないが、残りのアニメファンは犯罪者予備軍なのか。
例えば、特定のアニメが犯罪を誘発する催眠的な効果を持ち、他の原因では成し得ない犯罪行為を行なってしまう可能性がある時、アニメは根絶されるべきか。
というふうに考えると明らかだが、これは必要条件の範囲のむやみな拡張である。人間であることは犯罪者であることの必要条件であると言っているのと大して変わらないのは、条件の絞り込みが適当だからだ。そして、こういう適当な条件の当てはめによって他者を非難することを差別という。つまり、単なる差別発言なんですよコレは。