ネットにおける正論原理主義とか

ネットだけでの言論活動は、所詮言葉だけでの活動に過ぎない(絵とか音楽とか、コンテンツとしてはいろいろあるにしても)。
へんに政治的なしがらみ(抑圧)がないという点からも、正論同士が戦いやすい土壌が出来ている。
政治性を口に出さないのも政治性、みたいな論法に僕はどうしてもなじめない。無思慮な言葉が人を傷つけることがある、という批判に対しては、そうかな、と思う。
正論ってなんだろう。たいていの正論は、何かを欠落させて成り立たせているように思う。たとえ論理的に正しかったとしても、倫理的に正しくなかったり、実現方法に現実性がなかったり。
正論原理主義者は何を受け入れさせたいのだろうか。自分の正しさなのか、それとも、世界を正しく導くための方向性?
だけど、正論原理主義がはびこっているわけではないと思うんだよね。
背景なんて知ったこっちゃない人たちが持論を戦わせたら正論対正論になりがち、というだけなんじゃないかなあ。ただ、原理主義に見えがちなだけで。もちろん、原理主義的な人もいるにせよ。
攻撃的である、ということが正論原理主義であるというわけでもない。
うん、なんだかよくわからなくなってきてしまったのでまた改めて。