初心者が実名でブログを書くならば
実名でブログを書くことは、非常に危険です。ましてや何を書いて良いかもわからない初心者の人はスタート地点でいきなりタブーを犯してしまう危険性があります。例えば、現状と照らし合わせて、個人のブログが炎上して日常生活に影響を及ぼす大半の理由は実生活までトレースされうる情報が掲載されているからに他なりません。
ここで予め言っておきます。ネット上に蔓延る匿名の悪意、あるいは社会正義の名の元の鬱憤晴らしを認めているわけでも、減らそうとしていないわけでもありません。ただ、それは現実にそこにあることを認めないと危険だ、ということです。それがなくなる前に実名での活動を勧めるのは、こちらが有益なものを提供しているのであるから襲われまいとヨハネスブルクを丸腰で一人で歩くようなものです。装甲車に乗って声を張り上げられる人は限られています。まずいちばん最初に自覚しなければならないのは「現実として」いつでも襲われえる状態にある、ということです。その危険に対するインフォメーション無しに実名での活動を勧めるのは、その人が加害者あるいは被害者のどちらかになることを企図していると言っても言いすぎではないのが現状だと思います。
小倉先生が言う二つの理由が一般になかなか成立しない理由
一つは、せっかく貴重な時間を使って才能を生かしてエントリーを公表したのであれば、そのことによる社会的評価の向上や人脈の豊饒化等の現実社会でのメリットを享受してもらいたいからです。ブログを開設する以上、質の高いものを目指して欲しいです。
初心者にこそ実名でブログを開設することをお勧めする。: la_causette
お分かりだと思いますが、このロジックに従えば才能を生かした質の高いエントリーを書くつもりが無い限り、ブログを開設しないほうがよさそうです。みなさんの書きたいのもは本当にそれだけですか?
もう一つは、「匿名」の魔力に魅入られて他人を誹謗中傷する人になってもらいたくないからです。被害者になることより、加害者になることを恐れて欲しいからです。もちろん、匿名環境でも自制心を失わないブロガーもおられますが、しかしながら、自制心を失い、現実社会では決して行わないであろう言動を繰り広げている残念な匿名ブロガーさんを私たちは沢山見ています。
初心者にこそ実名でブログを開設することをお勧めする。: la_causette
例えば、僕なんかは今すぐ実名に切り替えてもあんまりダメージがあるとは思えませんが、もちろん自制心を失う人もいっぱいいます。実名でも。実名で自制心を失うとどういうことになるか。二度と社会的に立ち直れないかも知れませんね。自分で自分の言動の被害者にならないようにしなくてはならないことに十分気をつけなければなりません。
それでも実名で活動したい!
あくまで、現時点です。現時点で、特に何の後ろ盾も無いただの一般人が実名で活動するためには、以下の様々な点に注意して活動する必要があります。
鉄の自制心
先に述べたとおり、自らを律することが実名での活動の大前提です。匿名での活動においても自らを律することは、その匿名(ここでは顕名のこと)としての人格を保つために必要ですが、実名においては、その言動が実社会に直接結びついてしまう、世界中から見られている、という点でさらに重大になります。
※もっとも、それだけの自制心をもちえるのであれば「荒らしを目的として匿名で活動する人」以外の人は大抵匿名でも立派に活動できますけれども
出すべき個人情報を適切に選ぶ
と言っても、実名と言うのは名前だけで成立する珍名(失礼)さんを除けば極稀です。アイデンティティー証明として、出身・勤務先・所属団体・大まかな現住所・年齢など個人を特定する情報を出さないと一部の人*1には満足してもらえません。しかし、当然、勤務先などを明かすと言うことは、(意図したかどうかによらず)その勤務先の一部を背負って発言することであるし、会社がそれを許可するかどうかと言うのは予め確認しておかないと解雇の理由になるかもしれません。
ストーカーや2ちゃんねらー、誘拐犯などの襲撃などから身を守る
今度は、情報非公開の鉄則です。例えば、毎日行く場所とか、行きつけの店とか、通り道の情景とか、そういう個人の足取りを特定するようなことは一切書かないほうがよろしいかと思います。でないと、日常の居場所を簡単に突き止められ、最悪の場合、犯罪の被害にあってしまうかもしれません。特に、小さなお子さんがいるご家庭では、実名でブログを書き、そこに子供のことを書くことは致命的な失敗になりかねません。それについての怖い話は
あたりを読むだけで実感できると思います。ちなみに、前者はWeb文学の佳作と言ってもいいと思いますというとちょっとあれですが。
主観で物を書きすぎない
自分の専門的な部分については明らかな主観が入っていてもそれなりの権威と認められていればあまりトラブルにならないと思いますが、特に絶対的な評価がし辛い分野で、他人を批判するようなことを書くと、訴えられる危険性があります。感想を書くことは最小限にとどめ、感想ではなく論証を書くようにしましょう。
例えば、グルメブログなど非常に危険です。自らの絶対の感性の元と言ったって味覚は人によって違いますから、まずいなんていったら訴えられるかも知れません。こういうのは対象を特定できないように、場所や店の特徴すら書かない(都内某所)か、全部褒めるかどちらかですね。これに関して言うと、じゃあ匿名ならいいのか、と言うわけではありません。何かを主張するときには、自らの意見とあわない人とトラブルになる可能性があることを十分に認識しなければならない、という典型的な例であるだけです。「トラブルを起こしても、俺の味覚をスタンダードとして主張するのだ」という覚悟があればもちろんできますよね。ただ、単なる個人がそれを行うのはちょっと荷が重いような気もします。ましてや、それが仕事でなければ。
日記は書かない
上記にも繋がることではありますが、日記と言うのは自分のこと以外にも様々な情報を含みます。今日上司に怒られてムカついた、と言うようなことはローカルの日記かアクセス制御されたSNSのようなところでだけ書くようにしましょう。でも、SNSのようなところでも、誰かがコピペしてどっかに貼る、というような自体も想定されますから、気をつけて。
SNSは信用しすぎない
実名で活動するフラストレーションの捌け口としてアクセス制御されたSNSを使うのは限られた友人にのみ愚痴を言う手段としては合理的に思えますが、先のことまで考えた方がよいです。最悪の場合、運営会社が倒産して、どこかに乗っ取られ、握られるだけならともかく大公開されるかもしれません。
ほのめかしをしない・慇懃無礼にならない・あるいは常に訴えられる覚悟を
世の中、侮辱されたとか、中傷だと判断する基準は人それぞれです。まったく統一された基準などありませんから、常に防衛的言動をする必要がありますし、他人を(たとえその専門分野的論争であっても)攻撃するときは細心の注意を払わなければなりません。一見堂々としている人がロジックの弱い点を突かれたときに豹変するなんてことは常にありうることです。
まとめ
つらつらと書いてきましたが、少なくとも現状でこれらの制約の元、実名で始められるブログというものは一体なんでしょうか。一般の社会人や学生にとっては専門分野について、それも個人レベルでの活動結果または研究室・会社として機密事項でもなんでもないことが対象になるのでしょう。また、日常生活の、記憶を喚起するレベルでの記録を書くだけですね。自分が何を思ったかについて、社会人としての(あるいは他人と会うときの)ペルソナを被ったまま発言することができない限り、あまりウェブ上で書く利点そのものが感じられません。すなわち、日記や感想などは、ウェブのコンテンツとして相応しくない?でもブログの大部分はそれが占めています。
僕の匿名に対する想いとしては、それは、個人の性癖や、友達づきあい、支持政党などについて、あんまり会社とか他の友達とかに聞かれたくない話を書いてもいい場所としてウェブを捉えたときに、必要な前提条件だ、ということです。
誰しも、人に広く伝えたい、でも、必ずしも知り合い全員に知られたいわけではないことなど一つや二つではなく持っています。また、全世界対象悩み相談をしているつもりが無くて、実際に極、限られた中でやりとりをしていたとしても、その悩みの対象になっている人からそのことが見えてしまっては意味がありません。全世界に公開しているという事実と全世界がターゲットであることは一緒ではありません。
ただ、僕の個人的なスタンスとしては、実名で書けないようなことは書かない、としていますから、そういう点で自由に書いていないことは沢山あります。別に知らせて共有したいと思っているわけではないから、そう言えるのですが。知らせたいことが、実名で書いて恥じないことだからであるに過ぎません。
ウェブがこうあるべきだ、というのはもはや一個人の都合によって決められるものではありません。もしかしたら、将来は実名で書けないようなコンテンツはウェブに相応しくないとして排除されるかも知れません。それはウェブが旧来のメディアに成り下がったことを意味するのかもしれないし、その代わりの他の何かがあるのかもしれません。先のことはまだわかりません。
ただ、2007年という今において、実名で活動するということは書く内容を制約していることとあまり変わりが無いということです。そして、悪意をもった集団も出来れば避けたいですが、真の犯罪者から身を守ることを最重要視して欲しいと思います。
最後に〜ネットでの加害者にならないために〜
月並みですが、「自分がやられて嫌なことはやらない」ことが大切ですね。「俺は車に乗らないから1km/hでもスピード違反をする奴は全部悪」的な発想は想像力が足りません。自分がやっていること全てに対してその発想に恥じない行動ができていて初めてそれを言う資格がある、ということを頭に入れておいてください。
また、軽々しく他人に同調せず、自分の頭で考えることが大切です。行動を起こさない、というのも一つの選択肢として常に提示されているということに気付いてください。世界中が繋がっているウェブの世界は、数の暴力が簡単に行えてしまう世界です。しかし、それを行っている自分がその他大勢ではなく、一己の人格であることを認識しておいてください。
このエントリを通じて「常に」と言う言葉が多用されています。ウェブと言うのは一度発信した文書は、本人の意思に関わらず、残り続けることがあります。発言を撤回することは可能ですが、過去に何を発言したかという記録を取り消すことは難しいです。だから、「常に」意識しなければならないことが多数有るのです。