拠って立つべきところが違うわけだが

無断リンクと実名晒しを一緒にして、無断リンクはいけないことだ、と主張する論が出てくるんじゃないかな、というのは僕自身実名晒しの顛末は如何に - novtan別館を書いたときに少し感じたことなので、まあどっかから来るだろうと思って考えてはいたんだけど、来るべきところから来たなあ。

で、この両者における共通点として存在しているのが、「公開」という行為に関する解釈にあるのではないかという気がしています。私が「公開」という行為に持っているイメージは

  • それが存在する場所を知っている人がそれに接することができる状態にすること

というあたりなのですが、人によっては更に

  • その場所(やその場所にあるもののコピーそのもの)を他人が公開することを正当な行為として納得している

という前提をも含まれると解釈しているケースもあるのかもしれません。しかし現実には、後者なしに前者をすることは制限されていません。もしそうだとしたら、後者までが前提として含まれるという解釈を採用し、実名を晒されたくないと表明している人の実名を晒したり、無断でリンクをされたくないと表明しているサイトに無断でリンクをする行為が正当であると主張することには、ちょっと無理があるような気がします。

実名晒し行為と無断リンク行為の共通性 - くっぱのブログ

どうしてこの論理で無断リンクと実名晒しが一緒になってしまうのかはよくわかりません。既に晒されているものを晒すのと、接点のないはずの複数の情報を、外部の新しい情報によって結び付けてしまうことは導入の前提が違うので、全く異なった行為として僕は認識しています。
ウェブに何かを置く事が「公開」です。筆名と実名の両方がウェブに公開されている、しかし、その二つを結びつける情報は公開されていない、という状態での実名晒しってのは別の重要情報を公開するという行為なのだから。
無断リンク的な話で言うと、同じレベルで考えると、イントラネットにあったページを勝手にインターネットから見えるところに置き直す、と言ったところでしょうか(リンクと言う行為はその後にあるものだから、この実名晒し、と言う行為と同じ文脈には置かれないということ)。それくらいの大きな違いがあると思いますよ。
自らのウェブに晒したいくつかの情報に、ちゃんと結びつくキーがあり、それによってわかっちゃったようなのは僕は晒しというのはちょっといいすぎだと思います。でも、これは原則論。何度か述べていますが、無断リンク禁止、という言葉がナンセンスであって、それを他人に強要できないけれども、リンクしないで欲しいというお願いは拒否すべし、と思っているわけではなく、理由の妥当性があればきっとリンクもブクマもしないでしょう。もっとも、それは僕の態度であって他の人は違うかも知れない。
あとは、実名の場合、現実の生活に影響があるかもしれないってのがちょっと違うかなって思うところではあります。まあこの辺はなんともかんとも。