間違っている写真の撤去は歴史修正主義者批判の批判にはなりえないよね

間違ったものをいつまでも間違った状態でおいておくのはよろしくないですね。だから普通の対応です。

中国・南京市にある南京大虐殺記念館が、信憑(しんぴょう)性が乏しいと指摘されていた写真3枚の展示を取りやめたことが17日、政府関係者の話で明らかになった。

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081217/acd0812172107008-n1.htm

逆に、ここで取りやめていないものについてはそれなりにまだ信憑性があるということなのでしょう。この産経の記事はいろいろとひどいのですが、まあそれはおいておきましょう。
ところで、こういう報道が出ると、「ほらみろ歴史修正主義だなんていうけど歴史の方だっておかしいじゃん」とか言い出す人がいそうな気がするんだけど、それはちょっと違う。別に間違っている資料に依拠してあるないの話をしているわけではないからだ。ここで言う歴史修正主義Wikipediaのいうところの通俗的な意味ね。「客観的な歴史学の成果を無視し、自らに都合の良い過去は誇張や捏造したり、都合の悪い過去は過小評価や抹消したりして、自らのイデオロギーに従うように過去に関する記述を修正するもの」
もちろん、中には「この資料は神聖冒さざるべき資料だ捏造なんていうやつは歴史修正主義だ」なんて主張している人もいるわけですから、そういう人は今回の「疑わしいから撤去」という事態に対しては思う存分ふぁびょっていただきたいところではあります。
歴史修正主義が批判される理由は、批判者の「これは事実だ確定だ正義の旗は我にあり」なんていう思い込みからなるものじゃなくて、実証的な研究の成果をもとにしているはずだ(原義の歴史修正主義的な立場に立つこともあるはずだ)。実証的な研究の成果が捏造や間違いを発見したら当然それを正す行為を歴史修正主義とは呼ばないし、積極的に正していくはずだよね。何かのイデオロギーの元に勝手に正義を判断しているわけではないんだから。そもそも正義を判断して批判しているわけでもないしねえ。